不登校→医師と弁護士になった夫婦の昔語り

私達が立ち直る為に必要だった、両親から贈られた本の紹介

僕の昔語り その二

母との喧嘩の度に、何かを伝えるように僕の場合は本を贈られました。

 

2000冊以上に積み上がったその本を、あの頃の母はどんな気持ちで僕に贈り続けてくれたのか。

 

不登校と聞くと皆さんはどんなお子さんを想像されるでしょうか。

 

恐らくですが、大人しそう、物静かそうといったイメージが強いかもしれません。

 

両親も、僕のことを優等生できっちりとした、それでいて友人関係もある明るい、穏やかな子だと思っていたように感じます。

 

ところが、不登校が始まり出すとまず僕は生活習慣が乱れました。

 

当時はまだ、スクールカウンセラー心療内科へ通院するというのはもう最後の砦のような扱いだったそうです。

 

特に都会でもない僕の育った町は、あっという間に噂も広まる地域で、まず僕が不登校だと聞き付けた近所の人たちが心配して連れてきてくれたのは、神主さんでした。

 

次にどこかの祈祷を捧げる人がやってきて、次は何かの信徒さん、そして次に…終わらない訪問者の人に母は泣きながら救いを求めていました。

 

先に子どもが死ぬことよりも親不孝なことはないと言いますが、あの時間はなんとも言い表せない親不孝で、未だに思い出すと胸が締め付けられます。

 

今のようにインターネットも各家庭でアクセスできる状態でもなかったので、僕の不登校の始まりは、深夜でも訪れてくる願いを叶えてくれるらしい大人の人に起こされ、聖なる水とか、水晶に深夜2時の月明かりを浴びせて願い事をするとか、そういったものが多かったです。

 

一ヶ月もしない間に、僕は昼夜逆転の生活になってしまい、イライラやもやもやが、ささいなことで爆発するようになりました。

 

食事の準備の音に、頭をかきむしるほどの苛立ちを覚え、何度壁や家具を破壊したかは数えきれません。

 

大人しいと思っていた僕が、両親からすると突然猛獣のように暴れるものですから、家族の驚きや恐怖心は空気から伝わりました。

 

そんなイライラやモヤモヤから、すっと頭を切り替えさせてくれたのがいつも本でした。